「遊就館」があったっていい

靖国参拝がいいか悪いか話題になっていた時、「戦争肯定展示ばっかりの施設があるからダメ」とやり玉に挙げられていた遊就館。直接見ないといいも悪いも言えないだろうと、行ってみた。

数年前に改築されたばかりで、かなりキレイな建物。800円のチケットを買って自動改札みたいなのを通って中に入る。1Fには入場料払わなくても入れるスペースがあり、機関車(泰緬鉄道で使われていたもの)や武器なんかが展示してある。食堂と売店にも入れる。

売店には靖国や軍事関係の書籍やビデオが売っていて興味深かった。もちろん、ほとんどが靖国の存在を肯定し、東京裁判を批判するような内容である。一般の書店では見かけないマイナーな出版社が発行している書籍も多い。日系ブラジル人の子ども達が靖国への思いを綴った手紙集のような本もあった。現地校の先生が編集したらしい。遠く離れていると民族としてのアイデンティティに思いをはせるという行為も美しく昇華されたものになるのだろう。


食堂はセルフサービス。カフェと言った方がいいかも。白が基調のすっきりしたインテリア。いすにかかっていた布がちょっと汚れてるので洗った方がいいなと思ったが、他はいい感じ。昔のレシピをそのまま使ってるという、海軍カレー680円を食べた。なかなかおいしかった。昔、家で母親が作ってくれたカレーをもっと薄味にしたらこんな風になりそう。


肝心の中身は、見どころが3つあると思った。1つめは映像。ドキュメンタリー風に靖国のすばらしさと東京裁判批判を描いたもの。2つめは展示品たち。年表や説明のパネルと当時の品々をおいている。3つめは戦死した人たちの写真コーナー。


映像作品はなかなかよく出来ていたと思う。随所に出てきた「英霊に真を捧げる」という言葉にはすごい違和感を覚えたし、ナレーションのおばさんの話し方が説教くさくて素人っぽく思えたけれども。日中戦争や太平洋戦争を勃発時からではなくもっと遡って描いている。そうすることで「欧米列強もアジアを侵略してた」「日本は追い込まれた」「あれは自衛の戦争だった」と主張することができる。


実際、欧米に対する主張にはほとんど同意。特に東京裁判の評価に関する部分。よく知られているインドのパール判事の言葉だけでなく、アメリカの政府要人(マッカーサーか誰か。実際は名前が出ていたが忘れた)が戦後数年して米国議会で「当時の日本にとって、あの戦争の大半は自衛のためという意識だった」と証言していることなどを引いている。当時、日本軍に加わって戦った台湾の少数民族が実名つきでインタビューに応じ「日本人が米の作り方を教えてくれた」なんて言ってる場面もある。リベラルなメディアでは決して知ることがなかった話で面白かった。


ただ、この映像が意図している「あの戦争を全面肯定する」気持ちにはとてもなれない。韓国併合満州事変に関する説明はあまりにご都合主義で「そんなの信じないよ。馬鹿にすんなよ」という気分になる。中国から独立させて一緒にアジアを変えようとして、韓国を誘った、みたいに言っている。嘘ばっかりである。こういう嘘をつくから、半分納得しかけた私のような「疑問を抱くリベラル」を説得しきることができないのだ。


「欧米列強から独立を守るには、戦争しかなかった。でもアジア侵略という形で目的を達成しようとしたことは間違いだった」


とまとめたなら、私だって賛成したかもしれない。


年表展示は正直言ってあまりインパクトを感じなかった。きれいに作ってるなあ、というくらい。


最後の方に、戦死者の写真が延々と並ぶ部屋がいくつもある。見ていると気の毒というより怒りがわいてくる。「こんな若い人、いっぱい殺すのは、やっぱりばかげている」としか思えないからだ。


全部見終わって「何か足りないな」と思う。


原爆と東京大空襲だ。


この建物の外で「戦争」と言えば、原爆と東京大空襲、あと沖縄戦と相場が決まっている。私がこれまで接触してきたメディアで戦争を取り上げるときは、この3つが必ず扱われてきた。


広島の原爆資料館には小学生の時に母親と行った。父方の祖母の家から日帰りで行ける距離だったためだが、恐ろしくてその日は眠れなかった。以来、祖母の家に行くと爆弾が落ちてくるんじゃないかと怖くて、夏の帰省が嫌で仕方なかった。同じ頃「はだしのゲン」を読んだことも、戦争=原爆=怖い、絶対嫌 につながっている。


沖縄戦は母親が持っていた「暮らしの手帖」に載っていた「ひめゆり特集」のような記事で読んだ。これまた怖かった。


遊就館の展示は、戦って死んだ人たちのためのものだから、戦わずしてというより戦えずして死んだ人に関する展示はないのである。


ここで被害者展示をしろとか言うつもりはないのだけれど、歴史というのはどのファクトを拾ってくるかによって、全然違うストーリーに見えるものだとちょっと感心してしまった。

例えて言えばこんな感じだ。


「黒船」「東京その他大都市空襲」「開国」「三国干渉」「日清戦争」「日露戦争」「原爆投下」「特攻隊」「真珠湾攻撃」「沖縄戦」「ABCD包囲網」・・・


【問題1】上の語句の中から任意の5つの語句を使って、先の戦争についてあなたの考えを述べなさい。ただし、次の(A)(B)の条件に合わせて2種類の回答を作成しなさい。

(A)あなたは大手新聞の記者で「戦後60年を振り返る」という連載企画を担当しています。

(B)あなたは元陸軍××部隊に所属していた兵士で、部隊の同窓会文集を書くことになりました。


私がずっと見てきたNHKスペシャルやら朝日新聞やらその他の「ふつうのメディア」は問題Aに遊就館はBに答えているわけだ。

表の世界にはA的な言説が氾濫しているわけだから、遊就館のようなものがあったっていいじゃないかと、私は思った。あそこで見た映像はプロパガンダだったけれど、ある種のハリウッド映画はもっとひどい。それを世界中にばらまいて金儲けしてるのだから、靖国なんてかわいいものだ。将来自分に子どもが出来たら、靖国に連れてくるより前に「はだしのゲン」を読ませるけれども。


あと、欧米人観光客や若いカップルが思ったより多かったのが意外だった。